動物タロット続編。


No.9 隠者
群れでの行動を常とするペンギンが1羽で、夜の氷原を歩いています。
彼は敢えて孤高を選び、仲間の先駈けと成るためにひたすら、歩き続けます。
ペンギンは後戻りが出来ない鳥です。
彼はよたよたと、ぺたぺたと、でも確実に前進していきます。
暗い氷原を照らすのは持っている小さなランプだけ、でもきっとそのランプの光は、彼の経験と知識のエネルギーの光。
それは決して消えずに、彼の道を照らしていくことでしょう。

前回、ブログにあげました動物タロット。
これには、リーディングしやすいように各カードに「物語」が付けてあります。

カードの意味は、ストーリーにしたほうが把握しやすいのです。
単語を丸暗記しても、タロットカードを読めるようにはなりません。
各図象のシンボリズムの理解が必要となります。


No.3 女帝
優しい目をした雌牛が風に吹かれて佇んでいます。
雌牛は望まれるままに、誰にでも乳を与えます。
雌牛の乳房は張り、たくさんの乳が出る事でしょう。
でも、それ以上の乳をあげてしまったら。
途端に、乳房からは血がほとばしりでます。
乳は血液から出来ているからです。
それでも、雌牛は優しい目をして、与え続けるでしょう、求められる限り。
雌牛は無償の愛の象徴です。

Hearing Divinationで使っているカードとは全く、違うストーリー設定。
(一般的タロットカードとも異なります。)
タロットカードに興味がある方には、比較して頂くと面白いかと思います。
カード説明メニュー

http://iaoh.jp/modules/free_fortune/card.php

絶版、「動物タロット」。


No.1 魔術師のカード
ゴッドバードでもあり、凶鳥ともされるカラス。
その賢さ、神秘性、存在性を魔術=エレメンタラーとして表しました。

1月27日(土)に開催するコンベンションの打ち合わせを先日、行いました。
休日なのに集まって下さったメンバーさん、スタッフさん、ありがとうございました。

話し合いで、
基調講演は有料になるから、何かプレミアついたほうが良いかしら、という話の流れから、ふと出てきたのが
この、「動物タロット」。
2010年に商品化したものですが事情により、原版も失われ絶版となりました。
私が描いたもので、子供、メンタルが弱いひとのリーディングも出来るように作成した、優しいカードです。

メンバーさんが実物を保持して下さっていて、
(なんと、私は持っていないんです。)
久し振りにご対面。
実際に描いたのは、もう15年くらい前でしょうか。

このカードのどれかをプレミアで付けたら、と
その日は考えていたのですが、やはり絵が若く優しい。
今のわたしには、この柔らかさはもう、無い。
プレミアには、新しく何か1枚、描き起こそうかと今は思っています…今は。
(時間的に、イマジネーション的に、出来るのか私。)

動物タロットを見ていて、
やはり、私のシャーマニズムスピリッツは動物に還るのだな、と。
そんなお話も少し、出来たら良いなと思っています。
(時間が足りないでしょ!って怒られそう(笑))

絶版、動物タロットです。


No.17 星
ジャパニーズボブテイルの三毛猫の雄をイメージしました。繁殖能力を持たない、稀少種が持つ崇高さを表しています。一般的な星のカードはフィジカルですが、このカードにはその意味は含みません。


No.18 月
狼が月に吼えています。月の中には、動物の中で二番目に母性愛が強いと言われる、熊がいます。
(一番母性愛が強い動物は虎なんです)
寂しさ、不安、本能、母親。それらを暗いトーンに沈めてみました。


No.2 女教皇
強い霊性を持ち、神格化されることもあるゾウガメで表しました。ウサギは世界共通のトリックスター、しかしながら病ハチマキ巻いて、ちょっとしおらしいウサギです。


No.20 復活
倒れても倒れても起き上がり、働き続ける驢馬を復活に重ねてみました。
ヒヨコは基督教圏では復活の象徴です。


No.14 節制
声をあげて情報を交換しあう白鳥をモチーフにしています。白、翼、水。これら聖なる印を集めてみました。


No.16 塔
白鯨の物語をモチーフにしました。白鯨の背中には、捕鯨船のキャプテンが巻き付けられています。
人は何故、自分より大きな力に対して、ヒエラルキーの為に挑むのでしょうか。人間のおごりと、自然としての羅刹を表しました。

本当にあった怖い話。

お正月はどうしても、
あちこちの神社仏閣に詣でたくなると思います。
それは良いことだと思います。
ただ、私見ですが、あちこちに強くお願いごと、つまり願掛けをしていく行為は余り、お薦めは致しません。
願掛け、とは人間側から神霊に対するプレゼンテーション。
その内容や手段、方法によっては反作用=「障り」が生じてしまうわけです。
考えてみたら、明解な事なのですが。
「さわらぬ神にたたり無し」という事です。

そして、実際に「障り」はあります。

…もう何年前か、あるクライアントさんに頼まれてのリーディング。
しばらく前から、会社経営に翳りが出始め何をしても裏目にでてしまう。
余りにも納得出来ない動きだから、何かスピリチュアルな要因があるのかどうか知りたい。

リーディングしてみましたら、
どうも何かが「障っている」、しかもかなり強いエネルギーで。
この障りを解除しない限り物事は暗転を続ける。

ほう。私はかなり信心深いんだけれど。失礼だね、君。
それは失礼致しました。
しかし、貴方は多分、道祖神の障りがあるように思えます。

途端にクライアントさんの態度が変わり、更にリーディングしてみて解った事。

氏神さまの夏祭りの後、神社世話人さんたちの飲み会に飛び入り参加していろいろ話して、道祖神を寄進しようという話があっという間にまとまった。
海に近い土地柄的に、海にちなんだデザインの道祖神にした、しかしデザインが斬新だったせいか宮司は境内にそれを置く事を許可せず
(宮司さんに相談せずに話をどんどん進めてしまったのでしょうか…?)、境内脇の公道に鎮座となった。
という話。
信心深い人たちが、善意でしたボランティア行為なんだよ君。
それがどうして障りになるんだい。
そりゃねえ、確かにそれぞれが願いを込めたよ、でもそのくらい当然だろ?

…それは、海辺の氏神さまの障りではなく、道祖神そのものの障り。
デザインに波があるようだが、確かに道祖神の神は海運の神も兼ねる。
だからといって、波そのものは道祖神を苦しめる形状。
つまり、デザイン性を重視する余り、このモニュメントは道祖神を苦しめる為の封印、という事になってしまった。
そこからの障り。それがリーディング結果。

調べてみたら、その時の神社世話人さんたちは皆さん、暗転。
破産三人、一家離散一人、事故死三人。
デザインを提供した人さえ、倒産失踪していました。

その後、そのクライアントさんもいつしか、行方知れずとなり来なくなりました。
伝え聞いた話しによると、その異形の道祖神は区画整理時?に宮司が受け取り拒否した為、どこかにいってしまったとか。

参拝は、佳き事ながら神ごとであり、
詣でる際の意識により、また詣で方により、障りが生じる事すらあり得る。
慎重に、もとになる事は、信じる心。

この時期になるといつも、そう思います。

馬頭観音詣。


此方は、鎌倉でタクシードライバーをしているクライアント様が送って下さった「初日の出」。
清々しい初日です。

元旦は氏神さまに初詣のご挨拶に行きました。
初詣で気になるのは「厄年」、
でも本来は厄年とは、
「鎮守の神様の祭祀のお手伝いをする為に、身体を清め、私事の諸用を入れないようにする年廻り」
だったそうです。
それが、江戸時代に入る頃から、禍が起きやすい年廻りなので神社仏閣で祓いを受ける年、というように変遷し、概念が固定してしまいました。

厄年だから、と恐れ萎縮する必要は無いわけです。
但し、年齢的に身体の変化が生じやすい時期ではあるのは確かでしょう。
また、何か上手く運ばなかった時の言い訳として、「厄年」を使うのはひとつの有効な手段でしょう。
個人的には、チャンスがあるのに厄年と見送る必要は皆無かな、と思っています。

今年は、氏神さま、江ノ島弁財天以外には思うところあり、「馬頭観音」を詣でてきました。
馬頭観音は観音さまとしては非常に珍しい憤怒相、三面六臂で密教では明王とされるそうです。

神奈川県厚木市の七沢馬頭観音さま。

此方は境内に

ヤギがいたり、チャボがいたり、

キバタンの小型種、「コバタンのひなちゃん」が居てとても賑やか。
(みんな、捨てられた仔たちだそうです)

境内に安置された石仏の数々、それが成せる意味合いもまた感慨深く、
必要とは、必然として意識下でキャッチ出来る。
その感受性は時として、祈りによりもたらされる。
そのような事をふと、思いました。

明日から今年の仕事が始まります。
今年も真摯に努力して参りたいと存じます。
よろしくお願い申し上げます。

良いお年をお迎えくださいませ。

寒い大晦日、
朝から雨になっています。
この一年の滓を流すように。
全てに合わせ、全てを包み、全てを支え、全てを昇華する水が、
今、静かにその力を見せています。

今年も大変お世話になりました。
心から感謝申し上げます。
来年も、何卒よろしくお願い申し上げます。

ごめんなさい、サイトに飛ばない…??
ので、URL貼り付けて検索で飛んでください。
来年の動きです。

http://iaoh.jp/modules/free_fortune/

往く年。


(江ノ島弁財天 奥津宮)

2017年も暮れようとしています。
年明けに藤沢サロンを閉鎖。
4月に東京オフィスを北千束から学芸大学へと移転。
北千束からの引っ越しの際は、パンチパーマ四名さま含む業者さんが大勢で来て下さって、本当にあっという間に引っ越しが出来ました。
お問い合わせが多い藤沢サロンの再開ですが、大変恐縮ですがもう少し時間が必要です。
何卒、気長にお待ち頂けましたら有り難く存じます。

この時期になると
「何処に行けば来年度(今年)の運気があがりますか?」
と、よく聞かれます。
でも、これは私の専門外の分野になります。
流行りに踊らされず、自分の心が求める場所に行けば、何かしら得るものがあると思っています。

行かなければいけない場所、
会って互いに協力していく人、
学ばなければならない事、
それらはきっと、必然として
エネルギーの法則を伴い、動いていく。

そのエネルギーは魂の記憶のらせんから生じてくる。
そう、思えるのです。
来年はどのくらい、記憶のらせんが解析出来るかしら。

2017クリスマスイブ。

雨が降りだしました。
夜更けには雪へと変わるだろう…か、
内地は割と暖かいので、変わらないでしょう。

2017クリスマスイブ、
良かったこと
→小さなケーキをたくさん食べたこと。(8個)
あまり良くなかったこと
→両足が2時間、つり続けて動けなかったこと。

聖なる夜、
降り続く雨が夜を包むように、
愛が静かに満ちてきますように。
誰の心にも。

The Tarot of Mytical Creatures

2010年に、タロットカードを自筆図版で作りました。
一般的なタロットカードのシンボリズムを踏まえた上で、古今東西、神格から悪鬼までを取り混ぜて、スピリチュアル(霊性)を内在するオカルティズム(超自然主義)としての「シンボリズム」を使っています。
※ちなみに、在庫は全くありません。

要は、このオカルティックなカードは、
「まじない」としての意味も待ち合わせているわけです。
いろいろな想いが交差する年末年始に、
例えばスマホの待受画面に。
というような活用が出来れば、と思います。


「復活」のカード

本来は「復活」→フェニックス(火の鳥)を描こうと思いながら画量不足で、孔雀になってしまいました。
でも、尾の部分だけはフェニックスになっています。
孔雀は「毒虫や毒草を喰らう霊鳥で、諸病痛を除く」とされています。
体調の回復、改善用待受画面としてお薦めです。

また、フェニックス(朱雀)は実は、白龍の戦闘形。
熱き想いで挑む勝負事にも向くでしょう。
流行り?の「復活愛」には無効です。


「塔」のカード。
アメリカ、ヨーロッパ諸国では一様に
「破壊と滅び」
のカードとして、スーパーネガティブの設定になっているのが、「塔」です。

しかし、このカードはリヴァイヤサン。
西洋では巨大な海蛇、東洋では青龍になります。
リヴァイヤサンも青龍も、共通事項は水を支配し、雷を操る事。
あのルシファーが
「彼(神)が私より優れていたとしたら只ひとつ、それは彼がイカヅチ(雷)を持っていた事だ。」
と独白したように、神の権威(カムイ)は実は、イカヅチにあるのかも。
それを操る、リヴァイヤサンのこの待受画面は
天祐としてのチャンス、神の威光を求める時に有効です。
塔のカードは大破壊、その先入観が強い人は使わないほうが無難でしょう。


「月」のカード。
中国の魔獣、「混沌」がモチーフです。

混沌は犬に似ていて犬ではなく、目は見えているがなにも見えず、耳は聞こえているが聞くものは無く、尻尾を咥えてただ、ぐるぐると回るだけ、という存在。

年末年始、面倒な事から逃れたい。
自分の本心本音を隠し、無難に過ごしたい。
そんな場合に有効です。

日本は孤立した島国ではあるけれど、
実はいろいろなアカデミズムの東方終着点。
様々な叡智の融合、というまたとない地点に生まれたからこそ、
もっと柔軟な思考と世界観を発信していけたら。
気付きの中核を進化させていけたら。
来年は。