私が幼かった頃。


私が2歳くらいの時の写真です。
当時は静岡県三島市の山沿いに住んでいました。
当時(50余年前)はみんな、幼児はシャツに毛糸のパンツで走り回っていたものでした。
(あれ?三島市の山中だけかしら?)

この頃の記憶は途切れ途切れ、ですが残っています。
じっと手を見る。
これは何だろう?
これを見ている私、は何だろう?
そう考えている私は何なのだろう?
これは私の一部分なんだろうか?
確かにそうだと思われる、でも私は自分の全体像がわからない。
だって、自分では自分の全体像が見えないから。
全体像が見えないのに、この手は私の一部である、とどうして言えるのだろうか。

そう考えながら少し、歩いてみる。
足が交互に出て私は動いている、周囲の景色が動く。
動いている私、動いているのを実感している私、
私は一体、なんだろうか。
なにを私、として考えているのだろうか。
考えるから私なのか。

当時は多分、もう少し幼い言語で考えていたのだろうな、とは思います。
ただ、概要はこのままです。
幼い私は、私を認識しようといつも考えていた。
手をじっと見つめて立ち尽くしていたそうです。
毛糸のパンツ姿なので、あまりさまにはなりませんが。

やはりこの頃。
兄たちが身体が弱く、母は半日がかりで兄を連れて医者に通っていたので、
私はよく一人で留守番をしていました。
田舎だったので、昔だったので幼子が一人、留守番が出来たのかもしれません。

母と兄たちが居なくなると
日替わりメニュー的に家の中に異変が生じました。
時には泣きながら歩き回る誰か
時には天井から落ちてくる肉塊のようなもの
何かの行列が部屋を横切ったり
私はひたすら絵本を眺めてやり過ごすけれど、時には「誰だこいつ。」と、わけがわからない何かが小突いてきたり。
余りに煩いと庭に出て、庭の隅に大きなメタセコイヤの樹があって、
その樹がとても優しくて、小さな洞に腰かけてしばらく時間を過ごしたり…。

風の声、木々の唄、光の綾、陽の匂い、夜の水気、闇の匂い、異形の音。
それらをいつも感じていられた、三島市での幼い時間は私の原形であり、
今でも時おり、その時間に意識が戻っていくような不思議なデジャブを感じます。

この写真を実家で見付けた時、
あ。私、笑って写っている。
(一緒に写っているのは父方の祖母です。)
良かったね、幼かった私。
とても普通。とても、全く。
そう、思いました。

…あなたは自分の手をみて、これは何?と思いますか?